これまでの楽曲の再録作品リリースに向けて、絶賛レコーディング中のWaive。
ただ、作品の詳細はまだ発表されていないこともあり、
日本武道館までの道のりを追うこの企画には異色の第八回となりました。
とはいえ、杉本善徳が表現活動において重視している価値観が随所に感じられるのでは。
レコーディング続行中! 曲を書いた当時からずっと残っているもの
●ここしばらく(取材は8月18日)、ずっとレコーディングが続いているようですが、ここまでの手応えとしてはいかがですか。
「音楽にはやっぱり好みがあると思うんで何とも言えないですけ、僕はカッコいいものになっている気はしてます。復活したバンドが、昔の音源を録り直したりすると、“上手いけど、正直言うとなんかちゃうねん”、みたいな感覚があるじゃないですか。あれはない、と僕は感じてます。すごくテンションが高いんですよね。テンポを落とすとかもなくて、全部当時のままだし、曲によっては当時より速かったりするし。ライヴのテンポにしてる曲もあるから、クリックを聴いてない曲だと速すぎて弾けないぐらいだったりしてます」
●がっつりアレンジをしている曲はないんですか。
「基本的には、ライヴで重ねてやってきた形ですね。再演のときから、当時と違うことをするのはやめようと言ってきたんですよ。コード進行を変えるとか、テンポを落とすとか、アコースティックバージョンにするとかはナシだと。だから、曲全体を大きく触るアレンジはしてないです」
●録り直しをすることにしたのは、演奏も音もより良いものにしようということだと思うんですが、それは作曲者として、より思い描いた形になることだったりするんでしょうか。
「そういうのは、あんまりないかもしれないですね。それは、どっちかというとギタリストとしてのほうが強いかもしれない。作曲家としては、なんでこんな構成にしてたんやろ、みたいに感じるところも多いから」
●音楽的なことではなく、表現したい内容とか中身にとっても、より目指す形になるとかはないんですか。
「本当に言葉が悪いけど、逆に向かってるかも。歌詞を書いた当時の事象は覚えていても感情は思い出せないことも多いので。もちろん鮮明に覚えてることもいっぱいあるんですけど、出来事を覚えているだけで、そのときの感情はいまの俺にはないから。ある曲にピアノを入れてくれているミュージシャンが、曲を作った当時のことを考えて、“すごく大事な曲だと思うんで”って言って念入りにフレーズなどの確認をしてくれたんですけど、その人の想像よりはるかにドライなんで、気にしなくていいですよって返事するしかない。そこは、思いの深さは気にせず音楽的な解釈だけでいいですよ、みたいな」
●それはどの曲に対しても?
「いや、曲によるかな。さすがに恋愛感情は過去の消化しきったものになっているけれど、人生観では変わらない部分があったり、そういうことがリンクしてるタイプの曲は感情が大切ですよね。だから、たとえば「いつか」にある青春感みたいなものは、いま録り直すとしても、20代の青春を思い出しちゃダメな気がする。いまも青春真っ只中だということをちゃんと伝えるべきだと思う。さっき言ったみたいにテンポを落とすわけにはいかないと思うし、演奏とかアレンジとか基本的には変えない。いまだったら、かっちりとエディットできるけど、この曲はこのままがいいじゃんみたいになるとか、ジャッジする基準にも関係してきますよね」
●逆に、いまだからできるものを盛り込もうみたいな。
「あとは、個人的に言うならツインボーカルする曲とかですかね。ソロで歌うことを経験したから、歌が下手だみたいなレッテルを貼られ続けてることに対し、そこそこ歌えるようになりましたよ、ぐらいに思ってはいる」
●ギタリストとしてはどうですか? もともとそんなにギタリスト志向ではないと思いますけど。
「上手にはなってるから、昔よりギタリストっぽい主張はあるかもしれないです。下手だと言われたくないみたいなのはあるかも。いや……やっぱり、ないかな。上手いって言われたいわけじゃないからな。ただ、何だろうな、あっちを取るとこっちが取れないみたいなところがあるというか、自分にしかできないギタープレイみたいな評価を得ようとすると、上手いギターを意識することで失うものもあるんです。弦楽器の音程って、造りの性質として曖昧なものだったりするから、譜面というレシピの中で、いかに自分の中で流れているリズムと音程の揺らぎを歌わせるかみたいなのが必要になる。それには決して巧さだけが正解じゃないから、美味しいところ取りをすることにチャレンジはしてるかな」
現代のエンタメのカタチ。時代の変化を目の当たりにして
●アルバムのことはこの先にもおうかがいできると思うんで、Waiveと関係ない話でもしましょうか。最近、何かハマっていることとかはありますか。
「Waiveのことしかしてないんですよ。本も読んでないし、映画も観てないし、ドラマとかも観てない。ゲームもしてない」
●ライヴか何かを観に行ったというポストを見かけたような気がしますけど。
「最近、ライヴに行きましたね。フラガリアメモリーズの1st ライブってやつに。あとは、KAMITSUBAKI STUDIOのヰ世界情緒っていうバーチャルアーティストのライヴを配信で観ました。KAMITSUBAKは、一番最初に観たのが花譜っていうアーティストだったんですけど、未来から来たとしか思えないぐらい、すごいレベルのエンタメで、凄まじすぎてパニックになるぐらいでした。KAMITSUBAKI STUDIO、そもそも知らないでしょ?」
●まったく知らないです。
「花譜を初めて観たのが4回目のワンマンライブなんですけど、代々木競技場第一体育館で、先日観たヰ世界情緒は初の有観客のライヴだったらしく、パシフィコ横浜だったんですよ」
●ライヴをやったら、ネットで観ていた人がそれだけいっぱい来ちゃうと。
「でも、ライヴに行ってもステージに“我々が思い描くヒト”はいないんですよ。初音ミクみたいな状態ですよね」
●でも初音ミクとは違って、人間が歌ってるわけですよね。ステージに登場しないとしても、ナマの歌ではないんですか。
「そこは僕には、わかんない。ステージの裏にいるのかもしれないし、いないかもしれないし。ANNで特集されてたときは、花譜が、もちろん前世(中の人)の顔とかは映らないですけど、会場にはいるっぽい感じのことを言ってました。個人的にライブを観た感じからだと、MCはナマでやってる気がする。リアリティがあったので」
●表現する形態はともかく、音楽としてはどう思ったんですか。
「花譜は、とにかく声でこれは売れるなって思いました。この歌詞をこの声で歌われたら、共感できる世代はいるだろうと思わせる説得力が謎にあるんですよ。音楽的にもクオリティが高いし、普通にいい曲ですね」
●個人的になんですけど、物理的にも比喩的にも顔が見えないアーティストの作品を鑑賞するというのが考えられないんですよね。
「そうでしょうね。我々の世代には、その意見が多くて当然だと思います」
●創造物って、その人の背景とかアイデンティティと分けて考えられないと思うんですけど、そういうことじゃないのかな。
「一言で片付けてしまうとよくないけど、“そういう時代”が来たんだっていう気がする。若者がそうさせているという意味じゃなくて、進化を受け入れられるレベルまできているということなのかな。クオリティが高いから説得力があるし、もし仮に本人がステージにいなくても、そこにいると思わせられるぐらいのレベルにまで達してるから、受け入れられるようになったんだと思う」
●それだけの説得力を持ったと。
「たとえば、その視点の場合、アニメIP系のライブを観に行ったとしたら、キャラクターと中の人はそっくりそのままに見えることはないじゃないですか。でも、ステージでもキャラクターのまま現れるとしたら、その差は埋まっていく。そういう状態になってきてるんだと思います。VTuberが音楽を聴くきっかけになった人は、VTuberのままで歌ってるほうが嬉しいだろうし、中の人が出てきたら残念に思ったりする場合もあるだろうし。入口が何だったかということに左右される気がしていて、我々世代にはなかった入口なのが大きいと思うんです」
●ただ、それだけ進化していても、ライヴには足を運ぶわけですよね。そのアーティストの存在を確かめることはできないのに、その場に足を運ぶことに意味を見出すというか。
「お祭りに参加するみたいな気持ちが必要なんだなろうな。物理的に1万の人間が集まるという体験自体に意味がある。1万人が同時に同じものを観てるとか、パッと見たら横で他人が涙してるとか、そういうことによって生まれる感動があるだろうし、自分の感情が正しいんだと思えたりもするだろうし。そういうのがライヴにはあるんだろうと思います」
●確かに。ん~、でもこんなこと言うと身も蓋もないですけど、自分が歳をとったなって思っちゃいますね。
「この先も進む一方だと思うし、すごいなと感心したと同時に、自分たちオッサンもオバハンもバーチャル化すれば若いままいられる可能性はあるんだろうなとも思った」
ストーリーをつくれる奴が好き
●あくまでアーティストとしてのお話になりましたけど、趣味とか楽しみとしてハマってるものはないですか。夏らしいことをしたとか。
「ないっすね。7月28日にスーパーRIZINがあったのが、僕の中で唯一の夏の楽しみだったかな。それからもう3週間近く経ってるのに、いまもそれを引きずってるから、YouTubeで何回も同じ試合の動画を観てる。平本蓮が朝倉未来に勝ったんですけど、どこで勝つかもわかったうえで、スローモーションでも観てるし、いろんな角度から観てるし、副音声でも観たし。その試合は2分18秒で終わったんですけど、それを観てるんです。K-1の頃から平本蓮が好きなんでね」
●その選手のどういうところがいいんですか。強いから?
「もちろん勝ったほうが嬉しいですけど、平本蓮は総合格闘技デビューしてから、まだ4勝3敗なんですよ。もともとK-1にいて、新生K-1の申し子っていうのが彼のキャッチコピーだったのに、K-1をやめて、総合格闘技のRIZINに来たんです。僕の中での彼は、とにかく頭が切れる。朝倉未来にターゲットを絞って戦略をねってきたから、彼と試合ができたんです。順当に戦績だと、朝倉未来は平本蓮が挑めるような相手じゃないから」
●それぐらい、朝倉未来は強いというか、格上なんですね。
「朝倉未来は、YouTuberとしても有名だし、近年の総合格闘技の人気を底上げしたのも彼と言って過言はないです。平本蓮も、朝倉未来がいるからRIZINに行ったというのが大きな理由のひとつと思います。契約の問題で、RIZINでデビューするまで1年以上あったんですけど、そのときから朝倉未来にケンカを売って、噛みついたんですよ。そうやって、無視できないぐらいの存在になって、人気も出たから、二人の試合が組まれたんです。朝倉未来は、平本蓮に負けて引退を発表したんですけど、試合前から、“平本蓮ごときに負けるんだったら引退します”って発表していて。それで、1ラウンドで負けたから、業界では騒ぎになりましたよね」
●善徳さんとしては、平本蓮の頭のいいところというか、戦略的なところに惹かれるわけですか。
「平本蓮は、SNS上ではむちゃくちゃ口が悪いんで、アンチもいっぱいいるんですね。僕が、“平本が好き”って言うと、“SNSの発言が最悪やん”みたいに言ってくる友人知人が結構いるんですが、彼のインタビューを読んだりすると、ストイックに格闘技に向き合ってたり、とにかくどこでどういう態度言動をとるかを考えて推敲している印象がある。最短で結果を出すためにシナリオを作って、そのとおり遂行したり。僕は、そういうタイプの人が好きなんですよね。馬鹿にされたり、叩かれたりしながらも、短期的なチューニングをしながら中長期の目標にコミットしていく、そこが面白い。やたら強くて、トントン拍子で結果を出す選手にはストーリーを感じられないから、僕には魅力的に見えないんですよ」
●なるほど。
「ストーリーをつくれる人が好きだし、平本はかなりそれが上手いと感じる。スポーツなんで、とんでもなく強い奴の人気が出るのはわかるけど、決して戦績のよくない平本がなんで人気があるのかって言われたら、魅力的なストーリーがあるからでしょ。ルックスもいいと思うけど」
●それは、強いとか弱いとか、技術がすごいとか、格闘技の選手本来の魅力とは違うところですよね。
「正直、それらは一番興味あるものではないですね。僕は、試合までのエピソードを純粋に楽しめるから、極論で言うと試合を観なくても、結果だけでも楽しめる部分もある。もちろん、試合も含めて完成形だとは思っているけれど。総合格闘技だと、試合はずっと組み合って、派手な展開がない場合もあるから、格闘技未見の人に勧めにくかったりするんですけど、RIZINだと、まずはConfessionsやPreparationっていうシリーズ映像が導入としてめちゃくちゃ面白いから、それを観てもらえれば楽しめると思います」
●それは試合とか戦っているところを見せる映像ではないんですか。
「見せもしますが、メインの用途としては違いますね。たとえば摩嶋一整っていう選手がいるんですけど、堅物というか真面目な会社員なんですよ。山口かどこかで工場で働いてるんですけど、この間の超RIZIN3の1試合目に出たんです。普段は工場で働いてるのに、4万人の前で試合してるんですよ(笑)」
●へ~。
「それって、面白いじゃないですか。ConfessionsやPreparationでは、山口県まで行って工場で働いてるところとかが見られるんです。その対戦相手は、東京の六本木かなんかのクラブでセキュリティをやってて、全く違う二人が戦う、みたいなストーリーをしっかり映像で見せられるから、初めてRIZINを観る人も楽しめるようになってるんです」
●先ほどした、アーティストの話とつなげると、格闘技の選手でもアーティストでも、その人が何者なのか、何を考えているのかが知りたいし、それを知ることで楽しめるということですよね。
「それはわかる。僕もどっちかっていうと古い人間だし、生身の人間のほうが好きだから。仮にRIZINと花譜だったら……、」
●ものすごい比較(笑)。
「個人的にハマるのは、RIZINだし。単純に音楽聞くより格闘技観るほうが好きなだけ説もあるけど。でも、生身というか、ヒューマニティを強く感じられるものに惹かれるというのは、自分には確実にある。ただ、格闘技において人となりとか背景の最終的な答え合わせができる瞬間は、試合にしかない気はするけど」
●でも、強いだけではダメということですよね。
「ダメというと語弊がありますが、いまの時代は何においてもどれかひとつじゃ物足りない気がします。朝倉未来とか平本蓮みたいに突出して人気があるのは、上手くセルフプロデュースしてるからだと思う。朝倉未来は、10年後、20年後も、格闘技の世界で名前が残ると思うけど、RIZINでは一回もチャンピオンになってないんですよ」
●あ、そうなんですね。
「強さだけが抜け出ているものより、ある程度の強さと物語性がリンクしたもののほうが共感を呼ぶ。そこにも時代の移り変わりを感じますよね。昔は、チャンピオンである必要があったから。いまは、人気が出るには2パターンあるんです。ひとつは、自分には絶対不可能な強さに憧れるパターン。子どもが、速いから新幹線が好き、強いからライオンが好き、みたいな感じ。でも、長く生きてくると自分の人生にもいろいろあるから、選手のストーリーに対して共感できたりする。格闘技は、その2パターンの両方ともが見える場所の一つとして面白いと思いますね」
●なるほど。マニアックな話になりましたけど、善徳さんがやろうとしていることの背景がうかがえるインタビューになったのではと思います。
「だといいんですけど」