Waiveの楽曲を再録したいという話は、
この企画が始まった当初から杉本善徳は口にしていた。
そんなセルフカバーベストアルバム第一弾『BLUE ALBUM』が完成した。
想像以上にハードだった制作期間を乗り越え、いま、彼が感じていることとは。
ただし、11月27日の発売前に、
作品に対して先入観を持たせたくないというのも彼の考えだ。
ぜひアルバムにはフラットな気持ちで耳を傾けてほしい。
バラードがすごくいい。特に「そっと…」と「C.」
●『BLUE ALBUM』全体の印象なんですけど、聴かせるタイプの曲と勢いのあるタイプの曲とで、曲調という意味ではなく、かなり表情が違うというか。
「はいはい、おっしゃっていることは、なんかわかりますね」
●特に、「ガーリッシュマインド」と「ネガポジ」は、とにかく勢いが爆発している感じで。
「「ネガポジ」は、クリックを聞いてないんでね。ライヴテイクに合わせて録ってるんです。『INDIES』に収録したときからクリックは聞いてなくて、みんなで一発録りしてるんですよ。ただ今回は、一発録りできるスタジオじゃなかったし、そもそもスケジュールを合わせるのが難しかったから、過去のライヴテイクをドラマーに聞いてもらいながら録ったんですよね。それをみんなが持って帰って、“冷静な状態で録ると、くっそムズイねんけど”って言いながら(笑)、ひとりずつバラバラに録ったんです」
●クリックを聞かずに、バラバラに録って合わせるのは難しそうですね。「ガーリッシュマインド」は?
「実は、僕のソロのCDに収録している「ガーリッシュマインド」と同じテンポになっているんで、Waiveとしてはテンポは遅くなっているんですよね。録る前にテンポをどうするか話をしていて、田澤君から提案されたテンポが、偶然僕がソロで再録したときと同じテンポだったんです」
●田澤さんは遅くしようと意図したんじゃなくて、これが気持ちいいと思って提案されたんでしょうか。
「そうそう。ライヴでやってるときは感覚的にこれぐらい、みたいなことだと思う」
●遅くなっているとは気づかなかったです。
「それもわかります。BPMとしては落ちてるけど、そのほうが勢いが感じられるテンポなんですよ。これもテンポをどうするかっていう議論はしていて、落としたほうが16のノリが出るからいいとか、そういう細かい話が出たんですよね。だから、BPMは落としてるけどノリは出てるんだと思います。あとは、歌い方次第みたいなところがあって。「ネガポジ」は、ライヴに馴染んでるから、今となっては元のメロディーが思い出せなくなっていて(笑)。それで過去音源に合わせて歌ったら、そんな曲やったっけ? みたいに感じて。限りなくライヴに近いテイクを選んでいるので、「ネガポジ」はそれが如実に出た曲だと思います。「ガーリッシュマインド」も、若干そういうとこあるかもしれないです」
●そういう勢いまかせというか、ライヴのイメージに対して、聴かせるタイプの曲はきっちり仕上がっている印象でした。
「バラードはすごくよくできたと思います。特に「そっと…」と「C.」はいいなと思ってます。録り直してよかったと思ってるのは、「infection」ですね。自分で言うのもなんだけど、神ディレクションをしたと思ってます。この曲は、他の曲に比べて半分以下の回数しか歌わずに録音を終了させていて、このセクションだけとかこの息継ぎの間だけとか、そういうふうに歌ってもらったんです。もちろん田澤君が上手いっていうのはあるんですけど、我ながらジャッジがよかったから出来たんじゃないかと。レコーディングの過程を見てない人からしたらわからないことですけど、自分的な満足度は高いです」
●田澤さんの歌は、バラードとかは特にさすがだなって思いましたね。
「ただ、彼のほかのプロジェクトだともっと綺麗に録っているかもしれないので、もしかすると本人的にはもっと歌いこなせるまで録ってほしいかなと思ったりはしました。でも、ほかでやっていることの裏側にいきたい気持ちでかなり早いテイクで済ましたりしたところはあります」
レコーディングに取り組む貮方の姿に心打たれた
●このアルバムは、武道館に向けて、Waiveを知らない、ちゃんと音源を聴いていない人に向けた作品であるというお話が前回の取材で出ていましたが、改めてこのアルバムで伝わるWaiveの魅力はどういうところにあると思われますか。
「どうなんだろうな。どう受け取られるのかわかんないですけど、かなりソリッドな作品だなと思ってます。シンセが本当に少なくて、ほぼバンドサウンドだけで成立してるから。言ってしまえば古い時代のサウンドだとも思うし、人によってはこんな音楽聴いたことないんちゃう?っていう気もしているので、逆に新鮮になるのかなとも感じてます。ここまでシンセを入れなかったのは、時間がなかったからなのかどうか、自分の中でわかんないんですけど」
●ねらって入れなかったとはちょっと違う?
「正直なところ、時間のなさがきっかけではあると思う。誰が、シンセをつくるねん? みたいなのもあったし。自分で打ち込むという手段はあったわけですけど。2019年に配ったバージョンの「Dear」が収録されてますけど、あれは自分で打ち込みをやったし、当時に新しくWaiveを録るならこういうことをやるんだなっていうぐらいシンセが鳴っているし。でも、それからこの数年の間に、シンセがなくてもバンドサウンドだけで成立させられるようになったんですよね。それは、「火花」を録った影響が大きいんです。「火花」も、シンセを入れるかどうかかなり話した結果、ナシにしたから。今回も、最初にギターを録ったのが「infection」で、そのときにシンセを入れるかは最後の最後まで話したうえで、ナシでいいんちゃうって決めたんですね。自分がWaive以外の現場で作っていたらシンセを入れたし、もう1本ギターを多重録音したと思う。でも、ここでそうしないことがWaiveにしかない個性に繋がると思ったんです」
●シンセを入れないことをを踏まえたうえで、ギターは録ったんですか。
「自分のギターの本数を増やすかは、ほぼ全曲で考えました。実際に増やした曲もそれなりにありますし、その他の曲でも本当はもっとギターが入っているほうが完成度が増すのでは〜と思うこともしばしばあるんですが、Waiveの作品としてはこれがいいんだと思うんです」
●というのは?
「すごく正直に言うと、貮方のギターに対してはいろいろ思うところはあるんですよね。ギターの本数を増やしたら、それをライヴで再現しようとしても、彼が弾けないんじゃないかとも思ったし」
●彼はブランクがありますし、いまもミュージシャンではないわけですからね。
「僕は、貮方のギター録りに全部立ち会って、レコーディングエンジニアもしているから、貮方が弾いているのを全曲・全テイク横で見てたんですよ。“これってどうやったらいいの?”って聞かれて、僕がギターを弾きながら教えたりしてたから、俺が録ったほうがよくない?って、何回も思うわけですよ」
●単純に効率を考えればそうかもしれないですよね。
「貮方もそう思ってるはずだけど、それを口に出さずに、“ごめん、時間ちょうだい、ちょっと練習させて”とか言って練習するんですね。仕事を終えて夜からレコーディングに来て、すぐ横に既に弾ける奴がいる中でも、一生懸命自分で弾こうとしてるあいつを見てると、このプロジェクトに向き合って最後の作品を自分の音で残したいと思ってる彼の姿勢こそが、Waiveであるべきだと、僕は思った。クオリティ以上にパッケージしないとダメなものがここにあるって。自分が作曲したものだからこう仕上げたいとか、そういうエゴに流されてはいけなくて、Waiveはあくまでもバンドだから、メンバーがやっていることをちゃんとパッケージすることに集中しようっていうのは、貮方が最初にレコーディングした「TRUE×××」を録ってて思ったんです」
●それは、物理的には記録されない気持ちとかを含めた作品にするということですよね。
「そう思います。貮方の姿は、終わりが決まっているプロジェクトの中で、この瞬間にしかパッケージできないものだったんです。あと何曲かこいつと仕事をしたら、もう音楽の仕事を一緒にやることはないんだなとか、そういうことを思いながら向き合ってました。個人的には、おそらく彼は僕への思いでWaiveをやってくれているから、それを感じてしまう。僕がやり残してると感じていることに対して、自分ができることがあるんだったら全力でやりますみたいな、そんなふうに彼は考えてくれてるんですよね」
●復活と解散を提案したのが善徳さんだったというのは、貮方さんにとってすごく大きいと思うんですけど、貮方さんがレコーディングしているところを一緒にいて、改めて彼の思いみたいなのを感じたということなんですね。
「うん。ステージでギターを弾くとかアー写を撮るとか、貮方というカタチが必要なものは、彼以外にはできないことじゃないですか。でもレコーディングって、弾いといてって僕に頼めなくはないんですよ。それでも、仕事で忙しい奴が、お金がもらえるとかでもなく、時間がかかるのもわかっていて、それでも自分で弾くのは、そこに気持ち以外の何もない。自分が弾いた音源を、貮方が5年先も10年先も聴くのは特別なものだと思うし、そう思いながら聴けるものをつくろうと思ってるはずで、すごく尊いことですよね。上手下手とか関係なく、メンバーとして席を譲らずにいることは彼のプライドでもあるし、それはリスペクトに値すると思う」
●ただ、それは精神論みたいなところですよね、実際の音とは違って。この作品はノスタルジーだけではなくて、あくまで武道館に向けてのものだというお話でしたが、その点においても、貮方さんの在り方とか生き方が意味を持つんでしょうか。
「貮方の姿勢が、たとえばリスナーの数とかにダイレクトに影響するとは思ってないんですけど、バタフライエフェクトみたいなものはあるんじゃないかな。そのことよって、僕が何かを思って、僕が思ったことによって何かが起こって、みたいな。そういうことはきっといろんなところに連鎖していくから。僕が一人で、これもやれるあれもやれるからってクオリティを上げることは、バンドとして絶対に正しくない選択だと感じるんです。泥臭くバンドをしている貮方の姿勢に僕は心打たれたし、だから僕も最後まで今回のレコーディング作業を頑張れたんですよ。だから、影響していくことはあると思う。バンドに限らず、チームというのはそういうものなのかな。だから、ひいてはファンに対しても響いていくと思う。空想みたいなところもありますけど、そう信じたいという気持ちもある」
●このアルバムで伝わるWaiveの魅力は? とおうかがいして、こういうお話になるというのは、ロックバンドであることがWaiveのコアなところであるということなんですかね?
「ロックバンドでもないじゃないですか、毎日一緒にいるわけでもなけりゃ、レコーディングだって一緒にやってるわけでもないし」
●いや、そうですよね。私も質問ながらそう思ったんですよ。そんなに、バンドというわけじゃないなって。でも…
「ロックバンドなんじゃなくて、ロックサウンドなのかもしれないし、ロックバンドでありたかった、なのかもしれないし。そこは自分の中でもわからない。わからないようにしてるのかも。それについて考えるとへこむみたいなところもあるかもしれなくて、そういう思考から逃げているのかもしれないですね」
●私が、バンドだなと思ったのは、クオリティよりも、メンバーがやることを重要視しているからなんですね。ただ確かに、メンバーが一丸となって同じ時間や経験を重ねて、みたいなところからイメージするロックバンドとは違いますよね。
「だから、Waiveがバンドだとはちょっと言いにくい。でも、あんまりこう思いたくないというか、特に公言したくはないけど、僕はバンドをやりたかったんでしょうね。だって自分は選択できる立場にいるから一人でレコーディングを進めることもできたはずなのに、みんなに逐一確認してきたし、そういうところを鑑みると、自分はバンドをやりたいんだなっていう気がするな。こうやって言葉にしちゃうとね」
●そこで、これまで聞いてきたいろいろなお話を踏まえると、ある意味、善徳さんは片思いしてるみたいなものですよね。
「ああ、そうだと思う、そうだと思います、それは。メンバーに対してっていうよりも、Waiveっていう、僕にとって都合のいい幻想に対してっていう気は正直するかな」
このプロジェクトの成功の影響は、Waiveのファンだけにとどまらない
●アルバムが完成したところで、現在のWaiveの状況をどう見ていますか。何か心境が変わったところはありますか。
「僕はストーリー重視派の人間だから、自分のストーリーとして見ると、僕の抱えてる感情とか状況に対して、変な言い方をするけどドラマチックだなと思って見てはいますね。だから、何もなく淡々と進んでいたときより、よくなってきたのかなという気はしてます。起伏がちょっとずつ起きてきているというか、この先に突発的に何かが起きたとしても、実はその前にちっちゃい揺れが始まっていたはずだから、そういう微動みたいなことは、このアルバムを作っていく過程で自分の中で起きている気がする。面白い感じはしてますね」
●レコーディングはかなりハードワークになっている印象だったんですけど、それは予想以上のものだったわけですよね。
「そうですね。でも、想像していたとおりに進んでいるから面白いということもあるだろうけど、人生は思い通りにいかないことがほとんどだと僕は思ってるから。十中八九どころか100中99ぐらいうまくいかない。逆に、うまくいった瞬間がどのタイミングの何に対して起きるかを楽しむのが人生だと思うし、そういう変な生活を送ってるし。うまくいかないことによって、自分の性格とか考え方が変わるんだと思うんですよ。そのターンに入ってきている気がするな。こういうふうにレコーディングできないのかって悩んでたところが、出来上がってしまうと、もういいやんって振り切れるところも出てくるし、じゃあこういうつくり方を楽しめばいいじゃんとかも思えるようになるし」
●いい変化ではあるようですね。
「それに、みんなで制作に向かおうと思っていたけれど、みんなと思って接するべきはファンであって、ファンの人たち含めてどういうプロジェクトをつくっていくかを考えなければいけないのかもしれないとも思ってる。このプロジェクトの要は僕だと思うけど、僕を除いたときに、中枢に限りなく近いものはファンだと思うんですよね。考えれば考えるほど、そう思うようになってきた。ファンの人たちが、Waiveが武道館をやるプロジェクトの意味を理解するというか、その人たちなりの答えをつくってくれれば、その人たちが求めている明るい未来により近づくはずなんです。それは、たとえば田澤君のソロとかRayflowerとかfuzzy knotのファンの人にとっても、Waiveの成功はあったほうがいいんですよ。田澤君に限らず各メンバーであったり、この業界というか、決して若者ではない各種バンドであったり、マイナーバンドであったりの未来を手繰り寄せる可能性が、このプロジェクトにはめちゃくちゃあるから」
●それだけの意味があるものだと。
「僕らが影響力があるからじゃないですよ? このプロジェクトは、いろいろな理由からほかのバンドがやりたくてもできない、勇気ある行動だからなんです。勇気ある選択をすることが間違いじゃなかったという結果を残すことができたなら、ほかのバンドやアーティストにとっての、次の勇気につながる可能性がある。ひとりでも多くの人に、それを感じ取ってほしい。極論、Waiveに興味がない人にとっても、Waiveに賭けたら、その人の好きなバンドにも影響するんですよ。それぐらい常軌を逸した挑戦であり、誰もが踏み出せない一歩を踏み込んだ自負がある。満を持して行う武道館公演とはワケが違う。だから、僕のことが嫌いでも、Waiveの武道館だけでも足を運ぶとか、このアルバム1枚だけでも買うとか、そうすることがシーンに対して、まさにバタフライエフェクトになる可能性を秘めているんです。だから、このプロジェクトに乗ろうぜ?って思っているんですけどね」
●それって、好きっていう感情的なものではなくて、頭で理解するようなものですよね。なかなか難しそうな。
「そうですよね。自分がそう理解させるだけの位置にいけてないのはすごく歯がゆいんですけど。でも、そのためにいっぱい思ってることはあるし、企んで実際に動いてもいるんですよ、実はね。少なくともこのアルバムが出るタイミングは、「注目してくれー!」って大きい声を出すべきターンではあるので、確率が高かろうが低かろうがゼロじゃないんだから、大きな声を出してみるべきだと思っています」