この記事が読者の皆さんに届くのは、12月29日。日本武道館ライヴはもう目の前だ。
ここでほんの少し時間を巻き戻して、
田澤不在で名古屋でのライヴを終えた、杉本善徳の言葉を聞いてほしい。(取材は12月19日)
彼は意外なほどに落ち着いていたが、
それはこれまでの歩みから生まれる自信と、自分の求める生き方への信念ゆえではなかっただろうか。
2024年1月から続いてきた連載も、日本武道館ライヴ前、最後のインタビュー。
心して読んでいただきたい。
これは、僕と田澤君の物語

●ここに来て、田澤さんがライヴできないという状況はあまりに思いがけないことが起き過ぎた感はあるんですけど、どんな風に受け止めたんですか。さすがに、マジでヤバい、みたいな感じになったんでしょうか。
「うーん、ヤバいっていう感じではない気が僕はしてる。周囲の空気はヤバいってなってると察しましたけど。すごくドライな言い方をすると、病気というよりも怪我に近いことやから、日にちをかけて解決するしか選択肢がないわけで、そこに向かって淡々とやるべきことをやるだけじゃないの? みたいな風に思ってましたね」
●名古屋のライヴはヴォーカルレスで終え、次の大阪のライヴについてはどうなるんでしょう?
「彼は本来、こういう状況でも絶対ライヴをやるというタイプの性格なので、“どうしようかな”って悩んでいるのを見るだけで、相当思うところがあるんだろういうのはわかる。それをわかった上で、俺ならライヴをやるっていうことは伝えました。それは、絶対そうしろっていう意味じゃなくて、俺は後悔したくないからそういうふうに生きるって決めてるよっていう話」
●ライヴがどうというより、生き方の問題だと。
「Waiveは1月4日で一旦終わるという物語なんだから、歌うしかないやろと僕は思ってるんです。また格闘技論ですけど、格闘技はノックアウトじゃない限り、決められたラウンド数を終えたら採点判定されるんです。もちろん勝ちを目指す競技なのでフルラウンド戦い抜いて判定で勝つことも大事な競技なわけですが、それをいまのWaiveに置き換えて考えると、1月4日までやり過ごして判定勝利を狙うプランではないと思う。攻撃に出ないといけない。結果、防御できなくてぶん殴られて倒れてしまうかもしれないし、勝敗としては負けるかもしれないけど、その打って出たという行動が観衆にとっては絶対に記憶に残ると思うんですよ。結局、出せなかったじゃなくて出さなかったパンチの後悔はゲームセット後には取り返せない。同じ試合は二度とない。という話を田澤君にしました。それは、ほかのメンバーのいないところで」
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●厳しい意見ですけど、彼のことを思ってこそでもあるわけですね。
「これはもう、僕と田澤君の話だと思う。Waive の物語と並行して、田澤・杉本の物語が俺ら二人にはどうしても存在してしまっているから。その物語の中で、武道館に一人でも多くの人を集めて、田澤孝介というシンガーが評価されて、いまよりもステップアップできたり、長く歌を続けられるようになったりすればいいなという思いは、僕のなかに偽りなくある。彼は彼で、僕に対して恩返しをしたいみたいな感覚を持ってくれてるんだなというのは、彼の些細な発言とかで感じているんです。現在の自分がパフォーマンスをすることで、最初の解散前にできなかったことを表現して曲とか歌詞のよさや他の誰でもない杉本善徳がつくる世界を表現したいと思ってくれているからこそ、本領を発揮できなかったらそれが実行できなくて不本意だろうな、と。でも、武道館のその日に歌えないことよりも、よっぽどここで日和ったときのほうが取り返せない人生になると思う。田澤君とそういう話をしていまに至ってるんで、僕はヤバいっていう感じでは全くなく、逆に腹をくくってますね」
ワンマンで武道館に立つという経験を経て食べるオリジン弁当の味は?
●この記事が出るときには大阪のライヴも終わっていますが、今日の時点では日本武道館まであと二週間ちょっとです。自分が武道館に立つことにワクワクしてたり、緊張するだろうと予想してたり、そういうことはあるんですか。
「うーん」
●そこまで現実味がないとか?
「うーん、現実味はあんまないかもな」
●解散を迎えることに対してはどうでしょう?
「それはまあ、いろいろ思いますよね。解散に向けて、バンドの最高潮を持ってこれてるから、もったいなさがすごくある。仮にこの状態が続けられて、二年後にまた武道館をやることになったら、いまより観客が呼べる可能性がないとは言えない気がするし、こんなもったいないことをする奴はそんなにおらんと思う。これが二十代だったら、解散しても自分のソロでも武道館やれるし、次のバンドを組んだらもっとええ音楽できるとか思うから終わらせられるけど、この歳になるとそんな奇跡はないって知ってるから。なんでここまでやったのに終わらせるんやろ? とは、正直思ってる。きっとメンバーの中にもそう思ってるヤツもいるんだろうけど、誰もよう口にせえへんし、それぞれに終わる理由もいろいろあるから、でも終わるもんなと思ってるんだろうな。スタッフのほうがよっぽどもったいないと思ってると思う」
●善徳さんも、もったいないと思いつつ、それを言うことはないと。
「解散することに対しては、日によってグルグル考えも違いますけど、なんて言うのかな、ありがちな言葉で言うと、このまま時が止まればいいのにみたいな感覚はある。それはある。でも、それは絶対にないとわかってるから、やっぱり終わるべきだよねと思ってるんですよね。まあでも、いろいろ思うことはあるんだよな。何よりもここに本当に全賭けでやってきているから、武道館の翌日からマジでどうしよう、みたいなのを考えるようになってきてる」

●それは現実的に?、それともメンタル的に?
「両方。ほんまにどうすんのかな。武道館でWaiveの解散ライヴをして、いろんな人に観てもらって、いろんなことがかなっていってるから、すごく充実しているし、きっととても満たされた一夜になるだろうけど。それだけに、その先は一体何で満たされたいんだろう? みたいな疑問がすごくあって。何なのかわかんないですよね。それに危機感を感じ始めています。それもあって、延長戦があったら楽になるのにみたいなことも思っちゃうんでしょうね」
●その先にやることがあるほうが不安がないというのはわかります。
「揺れる感じはあるんですよね。 自分の考え方というか、根底みたいなものが。たとえば、一生懸命お金を貯めて、1000万円の欲しかった時計を買った。その場合は、そのものが手元に残るじゃないですか。だから、手に入れた充実感みたいなものが続くわけですよ。でも、1000万円の肉が食べたくて、それを食べてしまった翌日には、ウンコになっちゃってるっていうか(笑)、肉もお金もなくなるじゃないですか」
●それはつまり、モノ消費とコト消費の違いですよね。
「そうそうそうそう」
●コト消費は目に見えるカタチでは残らず、経験とか思い出になるだけだから。
「武道館をやるのも、バンドを解散させるのも、そういう部分があって。もちろん評価として残ったり、ウィキペディアに書かれて残ったりはするんだけど。ライヴが終わった後に、本当にこんなにベットするだけの価値のあるものとして残るのかなって、そういう怖さはちょっとあるんですよね」
●武道館でどんな感情が得られるかとか、どんな光景が見られるかとか、そういうところでこれだけベットしてよかったと思えるかもしれないですよね。
「いや、そうそう、本来はそこなんですよ。これはあんまり話してないと思うけど、再結成から武道館で解散する話になったときに、田澤君とも少し話したこととして、歳を取ってきて自分の見た目も変わって、以前からやってた音楽とかバンドとかと、自分のイメージが合わないものになっていってる。その話の延長上として、VTuberみたいな、イラストとかに歌ってもらえるほうがずっとやっていけていいんちゃうんか? みたいなことを話したことがあるんです。だから、いまのうちに自分たち自身がやるステージを経験しておきたいっていうのもあったんです」
●見せられるうちに、生身でステージに立つと。
「そう。それと、その頃から AI が伸び始めていて、これからAIは 我々のクリエイティブと同じものがつくれるようになってしまうと思うんですよ。でも、 AI がどれだけ成長しても、逆に言うと、成長すれば成長するほど我々とかけ離れていくのが、経験とか体験。実際に体験してこういう感情になる、というのは絶対にできない。だからこの先、経験と体験が生身の我々にとって全てになっていくと思ってるんです。それを思うと、知らないことを知っておきたいし、武道館で自分たちのワンマンのステージを経験しておきたい。だから、このプロジェクトを始めたところがある。最終的に、かけがえのない経験をするんだと思ってるんですよ。すでにこの2年半でかけがえのない、誰もが経験できない経験をしたと思ってる。それは、ファンとか関係者たちも含めて。だから満足感はあるんです。でも同時に、本当にこれでよかったのかな、みたいな考えが常につきまとっちゃう。武道館から帰ったら、僕はオリジン弁当を食べると決めてるから、そのときどう思うかかな」

●え、決めてるんですか?
「はい、決めてます。『SWEET TRANCE』 で初めて武道館のステージに立った日、打ち上げとは別で帰宅後にオリジン弁当を食べたんです。武道館に立つのは憧れとか夢だったわけじゃないですか。それがイベントとは言えかなった後、図らずして家に帰って食べたのがオリジン弁当だったんです。家に帰ったのが夜中で、店も開いてないし、金もないし。それでオリジン弁当を買って帰って、一人で三軒茶屋の家でその弁当を食べて、武道館でライヴしてもメインじゃないとこんな感じなんや(苦笑)、って思ったんです。そこからずっと、武道館で主役をやったあとの食事の味を知りたいと思っていたから、同じもの食べて得る感情で答え合わせをしたい。20年以上ずっと求めてきた瞬間なんです」
●それを実際に体験してみるわけですね。
「東京に出てきたときに所属した事務所と契約するか話を進めてるときに、そこの社長とすごい高級なステーキを食べに行って、社長の別荘で朝までべろべろになるまでワインを飲みながら夢を語り合ったことがあったんです。寝る前に、締めにカップラーメンを二人で食べたんです。“カップヌードル、美味しいですか?”って聞かれたんですけど、“いや、さすがにさっき何万円もするステーキを食べたから”って答えたら、“私はカップヌードルのほうが美味しいって感じるところがちょっとあるんですよね”って言われて。ああいう高級な美味しいものを食べる毎日を送っているから、アーティストと熱く話した後に食べるカップヌードルのほうが美味しく感じるっていうことだったんです。それで、“そういう水準の生活をできるようになって、そのうえでカップヌードルを美味いなって一緒に言える日が来るようになりましょうよ”って言われたときに、この人と仕事しようと思ったんです」
●熱いですね。あれだけのバンドを輩出してきた事務所の社長だけあります。
「それまでは契約するか迷ってたけど、あ、この発言は乗ってもいいって思った瞬間だった。そういうのをいまもすごく大事にしているから、初めての武道館の後で食ったオリジン弁当と違う味を感じるかどうかを知りたくて、武道館の後はオリジン弁当を食おうって決めてます」
演出の極意はモテ。同時に、持ってれば何かがつくられる
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●この年末年始は、特にお正月らしいこともなく過ごすことになりそうですか。
「1日、2日はリハなんで、メンバーとスタジオにいるし、年末年始は粛々と武道館の仕込みをすることになりそうな気がしますね。ただ、日常を送っておくことも大事な気がしてるんですよ、あんまり長時間は緊張感って保てないと思うから。27日から31日は基本的に空いているから、その辺はだらだらしようかなと思ってるんですけどね」
●だらだらするなんて言葉が出てくるのは珍しいですね。
「もちろんやれることはやるんですけど。体のメンテみたいなことだけをやって、あんまり仕事はしないでおこうかなと思ってます。まあ、思ってるだけでやらされちゃうんでしょうけど。スタッフから連絡が来ちゃうんだろうし。昨日もスタッフと演出の話をしてたんですけど、演出というものへの考え方が全然違ってるんです。僕が思ってる演出論は、たぶんスタンダードじゃないんですよね」
●それはどこが違うんですか。
「めちゃくちゃ下世話な言い方をすると、考え方としては、モテるかモテないかみたいなところと限りなく近いんです。すごいお金をかけて派手な演出とかセットとかをするのは、僕はモテないやり方だと思う。キャバクラで金使うおっさんみたいなこと。二千万円使ってキャーって言われるみたいな。でも、二千円でもキャーって言わせるのがモテるやり方だから。そういうことをスタッフにはすごく話してる。ディズニーランドを考えるといいんですよ。カチューシャをつけて園の中で楽しんでいたけれども、外に出てもディズニーのキャラクターがプリントされてるモノレールが来て、さっきまで同じ空間を楽しんでた同士がそこに乗り込んで、次の駅に着くまでディズニーランドが続くみたいじゃないですか。だから、そのまま家まで帰って、家で鏡を見てカチューシャをつけたままやったって現実に戻ったりする。あれがエンターテインメントの最高峰だから」
●その理論は理解できるし、誰だってモテたいけど、それを具体的な方法論に落とし込むのが難しいんじゃないですか。
「そう、そうなんです。要はいい意味で裏切ることができるかどうか。当たり前だと思ってることでは、人は驚かないから」
●それを思いつけるかどうかですよね。
「誰でも思いついたら、それはそれで驚きませんしね。でも、ドキュメンタリーというかなんというか、勝手に生まれてくるものってあるじゃないですか。田澤君の喉のことも、うまく進んでいったらドラマチックになるんだろうし。僕らが持ってる人間だったら、結果そっちにいくと僕は思っている」
●それこそ持ってる、ということなんでしょうね。
「そう。それもあって、足掻くより、自ずと出てくるものが我々を演出してくれると信じてるんですけどね。最近、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの最後のライヴ映像をまた観る機会があったんですけど、よりによって最後の曲でアベフトシのギターの弦が切れるんですよね。そのときの本人からしたらたまったもんじゃなかったかもしれないけど、時を経て観ると、それさえも演出になって最後を彩っているように見える。きっと本物はこういうことかなって思う」
●ある意味、人知を超えて何かが発生するということですよね。
「そういうことがたぶんあると思う。トラブルさえも好転させる力みたいなものが発生するのかなって。だから、冒頭の話に戻っちゃうけど、僕はあんまりね、焦りがないというか。こういうことって起きるよね、みたいな感じで全部の物事を見ちゃってる。いまのWaiveは、武道館ぐらいの規模のステージに立てるバンドになれてる気がするし、だからトラブルを好転させる力を身につけられているんじゃないかって信じてるんですよね」
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