この企画が始まってもうすぐ一年。
これまでの活動やここでお話いただいた内容を振り返っていただきました。
毎回、インタビューが始まってから、意外な展開に驚くことがありつつも、
それもまた、彼らしく考えた結果ゆえ。
2024年一年間の企画として始まった連載ですが、
2026年1月29日にお届けする第二十五回まで継続します。
まずこの一年間をここで振り返り、そして2026年1月まで追いかけ続けましょう。
●もう2024年も残りわずか(取材は12月20日)、この連載も十二回を迎えます。
「あっという間ですね」
●あっという間なんですけど、改めて読むと、前半がかなり暗かったですね。
「まぁまぁ、そうですね(苦笑)。でも、武道館で解散みたいなことを除いて読んでいけば、成長していってるバンドみたいな内容ですよね。今年前半4、5ヶ月ぐらいは、再始動以降の一番よくない時期だった気がする、結果的にね」
●ここまでお話をおうかがいしてきて、意外に考えが変わるんだなという印象を受けているんですけど、ご自身としてはいかがですか。
「日によって違っている部分は、正直ありますよね。日によるし、自分が持つサーチライトみたいなものが、自分の人生とか視野を照らせる範囲は限られているんですよね。光は広がるから、光の端っこにあるものはぼんやりしか見えてなくて、真ん中にあるものが一番照らされるみたいな感じ」
●見えていたものが、状況が変わると見えなくなったりする。
「でも、見たことは覚えていたりもする。だから、わかってはいるけれども、いまは照らされていない感情とか出来事みたいなものがある。だから、生きている間に知ってきたものはいっぱいあるけど、忘れてしまっていたり、その瞬間に照らされているものを取り上げたりするんですよね」
●そういうものが、取材のときどきのタイミングによって現われていたんだと思うんですけど、こういう不特定多数の人が読むとわかっているところだと、話したことによる影響もあったりはするんでしょうか。
「ファン的には嬉しい言葉じゃないと思うんですけど、僕はあんまりファンの言葉に左右されたくないんですよ。やっぱり最終的に自分を信じたいから。話すときも、これを言ったらフィードバックによってブレるかもと思ったから言わないこともあるし。でも基本的には、このアプレゲールの企画に関してはなるべく赤裸々に話してますよ」
ファンに何をどこまで言うか。めざすのは明朗会計
●さて、今年の活動を振り返ると、ライヴがちょっと少なくて、復活した感というのは正直あまり感じられなかった気がしなくもなく。
「再演のときのほうがライヴやってるやんみたいな(笑)。ライヴ自体はやりたかったし、当初からライヴはあるべきだと思ってました。でも正直なところ、地方だと動員が厳しいとか、東京のこの会場で売り切れなかったとか、そういう状況で、ただライヴをやって、ライヴイコールプロモーションみたいな感覚で動くという事務所のプランには乗れなかったんですね。それだったら曲を作れみたいな話になって、アルバムの制作になっていったみたいな感じなんです。経緯を考えると、減るべくしてライヴが減ったんだとは思ってます。 でも、複雑な理由を置いておいて、ライヴのことだけをどう思うか聞かれたら、やれたらよかったというのは本音としてはある。 観られる期間が決まっているんだから、ライヴの本数は多いほうがいいじゃないですか」
●それは当然そうですよね。
「バンドとしても、ライヴをやればやるほどよくなるから。それはこないだのね、11月末(MUCCとの2マン)と12月(ν[NEU]との2マン)の2本だけでも、全然違うものになるわけだから。ただ、ライヴができなかったのがどうしてだろうと考えていくと、やっぱり人が集まらないからなんですよね。ファンを責めたいわけではないけど、ファンが来ないからではあるんだよなと」
●事実としては。
「そうそう、それをすごく思う。世の中のアーティストみんな、そうやろうと思う。解散ライヴだけ人が入って、それまでもずっとこれだけ入ってたら解散せえへんかったのにっていうのと一緒ですよね」
●ただ、それをお客さんに言っていいのかどうかはどうなんでしょう? 最近はちょっと言い過ぎじゃないかと感じることもあります。
「いや僕も、言っちゃダメ論のほうが強い。 ただ、なんていうのかな。 それこそさっきおっしゃった通り、事実としての話ね、来てくれないからじゃなくて来させる力が我々になかったとはちゃんと思っているから、責任は我々にある。でも啓蒙のひとつとして、ファンの目線として考えることはあると思うよ、と。たとえば、近所の飲食店でもおもちゃ屋でも、なくなってほしくないならどうするのかと考えるのは、伝統工芸を守るようなことと同じで、大事な思考なんじゃないのかな。もちろんそういうことを考えてくれてるファンの方もいっぱいいるし、この言葉を受け止めてくれる人は既に考えてる人だろうけど。だから言わないほうがいいかなとも思うんですけど」
●理解を求めたいという気持ちは、聴き手としても想像できるんですけどね。
「言い方の問題ですよね。ファンは絶対に悪くないんですよ、来られない理由があるわけだから。来ないじゃなくて、来られなかったんだから。あらゆるファンに来られない理由があるのに、“お前らが来なかったから、俺たち解散するんだよ”とか、そういう言い方をしている奴はいるし、それは語彙力が足らんのかなと思う。それと、やっていることと言い方に整合性が取れてるんだったらいいと思う。たとえば、ファンを愚民って呼んでいるようなバンドが、そういう言い方をしてたら、それはなんか似合うじゃないですか」
●キャラクターとの整合性みたいな。
「そう。そうなれば、それはエンタメだと思うんです」
●善徳さんにとっては、どういう発信の仕方がいいんでしょうか。
「僕は、ちゃんと説明が行き届くべきなんじゃないのかなと思ってますね。たとえばですけど、今回のグッズが売り切れなかったら次はグッズがつくれない状況だとしたら、その理由をちゃんと伝えたい。そうすれば、納得の上で2個買う人もいるかもしれないから。説明がないのがよくないんじゃないかな。そういうところをいかに明朗会計にしていくかが大事だと思う」
●結局、その値段に納得できるかが大事ですもんね。
「あとはなんていうのかな。 いまのエンタメって、ほとんどの人がちゃんとエンタメだとわかっていると、僕は思ってるんです。アーティストとして表面に出ている部分を見て、本当にそんな人だと思っている人はあんまりいないと思う。だから、エンタメをやる側は、エンタメですよっていう部分と、蓋を開けないと見られない赤裸々ですよっていう部分を分けるべきじゃないかな。エンタメの部分だけを観たい人もいるだろうから、そうすることが大事だという気はするし、自分はそうやってますね」
●そういうところで言うと、解散発表してから、伝えたいように伝えられている感覚はあるんですか。
「僕個人のファンという表現が正しいのかわからないけど、僕のパーソナルな部分を知ろうとしてくれる人には、ある程度伝わってる気がしますね。 細かい伝わり方は人それぞれ違うし、よくわからない部分もあると思う。でも、理解できなくても、難しいことはわからないけど、何か考えてやってるんだろう、っていうふうに理解してくれたらいいですよね。自分に関心を抱いてくれた人には、全てをエンターテインメントに昇華できるように、裏側もエンターテインメントとして見せたい。自分が、特典映像とかディレクターズカット版とか、そういうものが好きなタイプなので、なるべく赤裸々にやりたいんですよ。それが、いまの時代のエンタメとして正しいんじゃないかなって思ってます」
知っている曲が街中で流れるからこそ、気づく人がいる
●新曲とか曲作りの話もいろいろしてきて、いまも曲作り中かと思うんですが。
「はい、一応は。でも、そこの考え方も変わってきてる気がする」
●新曲が必要かどうかとか、そういうこと?
「武道館の日程を発表して、あと約一年になって、武道館のステージのことを想像するようになってきて、ええ? 新曲やんの? みたいなことを思っちゃうんですよ(笑)」
●最初はそうおっしゃってたじゃないですか。 いい新曲を書いても、武道館のセットリストでほかの曲が落ちるだけだから、書かなくていいんじゃないかって。
「いや、そうなんです。最初は、その考えだった。でも、新曲を書こうになったのは、レコード会社とかマネジメントとかが求めてくるんだったらそれに応えるっていう、売られた喧嘩を買うぜっていうスタンスですよね。でも、なんだかんだあって、何ヶ月か前みたいに、自分にできることはやっぱり曲を書くことだっていうターンが来て。そういうのを経ていまは、自分にはほかにできることがあるんじゃないのかなっていうターンなんです。これはマネジメントに関してとかじゃなくて、たとえばいまある曲に対して、演奏をよくするだとか、既にあるものの解像度を高めたり、広めたりすることに努力したほうがええんちゃうかなと思ってるんです」
●武道館に来る人を増やすためにも、それが有効になりうると思うということですか。
「僕はそう感じてきてるかも。いやわからん。まだ、そうだと思い切ってはないですよ。新曲でいいものができたらそれでいいんだし」
●でも、いいものができるかどうかは書いてみないとわからないわけですよね。
「そうそう。『BLUE ALBUM』のプロモーションで、「いつか」がローソンで流れたんですね。「火花」も同程度のプロモーションはやったと思うんですよ。 でも、圧倒的に「いつか」のほうが反応があるんです、圧倒的。これは曲の良し悪しじゃなくて、懐かしいという感情が入るからやと思う」
●そういう人たちが、また「いつか」を聴きたいと思って武道館に来ると?
「そうそう。ローソンで「いつか」を聴いて、Waiveがまた活動していると知った奴が出てくる。「火花」が流れても、Waiveだと気づかないんですよ。これを考えたとき、そういうふうに街中で流れている状況をつくるほうが正しくないかと感じ始めているんですよね」
●そうだとしたら、今回は「いつか」でしたけど、『RED ALBUM』が出ると、どうなるんでしょう?
「いや僕はね、正直なところずっと「いつか」でいいと思ってる、極論やけど。『RED ALBUM』のプロモーションという意味では収録曲になるかもしれないけど、武道館のチケット発売みたいなタイミングだと、街中で流すことを考えたら、「いつか」しかないかな。プロモーションの予算で、一年間ずっとローソンに流したらいいんじゃないかって思う(笑)」
●すごい影響力ですね。私も耳にしたときは、思わずtwitterでつぶやきましたけど。
「ローソンであれば、これから半年後でも、“え? Waiveじゃない?”っていうふうに、新たに気づく人がいると思うんですよ」
●確かに。そうなると、新曲を書くモチベーションみたいなところはどうなっているんでしょうか。
「Waiveにとってやるべきことがほかになかったら、曲は書きたいんですよ。曲を書きたい気持ちはあるけど、それはプロモーションとか武道館の話とは別だから。 極論になるけど、武道館の直前に新曲を出してもいいし、武道館で新曲を発表して、え?、なんで? みたいなことでもいいじゃないですか。だから、新曲は出しますよ、絶対に。どういう形でいつになるかはわからないですけど」
●Waiveの新しい曲が世の中に誕生すると。
「そう。 それは自分としてもやりたいし、やろうと思ってる。ただ、優先順位を考えると、いまじゃなくない?って。最優先でやらないといけないことは、もっとある気がする。自分らのやれるタイプのプロモーションを考えたときに、効果的なものは新曲じゃないと思う」
●街中で流すのは、Waiveは知っているけど、解散とか武道館とかを知らない人たちに届けるということですよね。
「解散のことは知ってても、武道館に行こうと決心できないでいる人に届けたいですよね。やっぱり武道館は観ておかないと、って思わせることが必要だから。そう考えても、やっぱり「いつか」な気がしちゃうんだよな。「いつか」がいて、その次に「spanner」があって、その次ぐらいが新曲かな。「spanner」は古い曲だから恥ずかしさもあるし、歌詞もわけわからんと正直思ってる部分があるけど、「spanner」とか「いつか」は口ずさめる強さを持ってると思うんですよ。だから、街で街中で流したらいいんちゃうかなと思う。でも、たとえば「バニラ」だと、そういう部分では弱いんちゃうかな、とか。わかんないけどね、さっき言ったように日々うつろっていく感情の中で、いまはそこに僕のサーチが当たってしまってるだけなんで」
●そのとき、そのときに、ちゃんと考えているということですよね。
「だから、こういうことを考えているという事実は、伝わってほしいですよね。 “ブレたことを言いやがって”じゃなくて、その時期その時期に置かれた環境の中で、ちゃんと考えてるからこそブレるということを知ってほしい。だから、僕の中では、ブレてるわけじゃない。 そのターンがたった一日で終わってしまったっていうぐらい、めまぐるしく日々変わっていってるんです。こうやって1ヶ月に一回話していると、先月の僕と今月の僕が思っていることが一緒のほうがヤバいと思う。過去にも話したかもしれないけど、このプロジェクトに限らず、生きていると、切り捨てていかないといけないことがどうしても起きてくるから。そこで、その感情に引っ張られたり、でもあれができれば…みたいなことを言ったりしてるほど、余裕はない。できなかったという事実を受け入れるしかないんです」
自然と応援したくなる、そんなWaiveでありたい
●最後に新年に向けて、抱負というか、こんな年にしたいなみたいなことがあれば。
「新年に、っていうことではないんですけど、ほかの人が応援をしたくなるような活動をしているWaiveであり、自分でありたいということをすごく思ってるんです。 昨日偶然、(中村)泰造と久々に会ったんですよ。彼はベロベロに酔っ払ってて、“俺の友達にWaive好きな奴もいっぱいおるから、誘って武道館行く。絶対売り切れるやろ!”みたいな、わけのわからんテンションで言ってて。その気持ちはもちろん嬉しいけど、俺に伝えなくていいから泰造の友達とかファンに伝えてほしいんですよね。でも、そうお願いして、言わせてしまったらもうウソになっちゃうと思うんですよ」
●“言ってよ”って頼むのは違う。
「そう。“Waiveを観に行ったほうがいいで”って、自分のファンとか周りの人間に言いたくなるようなWaiveであるべきだから。そういうことを周囲の人が勝手にやっちゃうような、自分らになりたい。それを、最近ずっと思っているんです。先日、逹瑯(MUCC)と団長(NoGoD)と飯を食って、12月26日から一緒にYouTubeみたいなのを始めることになったんです(26日は、体調不良の団長に代わってseekが出演)」
●親しいのは知ってますけど、YouTubeをするというのはちょっと意外。
「逹瑯が言い出したんですけど、それは、逹瑯がWaiveを応援したくなった、もっと言うと僕をもっと世の中に出したくなったからなんだと思うですよ。僕は普段、あまり音楽の話をしないし、それへの考えも避けるようにしている傾向にあるからか、ここ数年は逹瑯とあまりハモらない感じだったんです。けれど今回は、音楽が嫌いなわけでも、やりたくないわけでもないし、でもやりたいわけでもなくて、やめさせてもらえるんだったらやめたい麻薬のようなものにハマってる感覚があるみたいな話を、逹瑯に伝えたんです。そしたら、“Waiveが解散した後ぶっちゃけどうすんの?”みたいな話をしてきて。武道館で、やっぱり音楽しかないと思ったら音楽をやるでしょうって話したら、逹瑯は僕にそう思わせたいと思ったんじゃないかな。そんなこんなで彼の提案として、こういう話をしている場とか、僕のパブリックイメージと違う部分を掘り起こすような配信したらめちゃくちゃおもろいって言い出したんです」
●それだけWaiveとか善徳さんが好きというか、大切に思っているということなんですね。
「でも、Waiveが終わった後は、MUCCを観に行こうよみたいな話をしたいとも言ってました。そういう点では、やっぱり逹瑯は賢いなと思う。ゲインを得るには代償を払う覚悟を持っているというか。結果、その配信をすることでWaiveの武道館に行こうと思う人が1人でも出てきたらいいし、やることになったんです。そういう話の中で、身近な人間に応援してもらうことも大事なのかもと思ったんですよね。これはずっと言ってることですけど、スタッフも含めて自分たちと関わっていく人が、自分たちのファンにならないと始まらないと思ってるから。そういう意味では周囲のバンドマンもファン化するというか、そういうことなのかなと」
●なるほど。
「シーンが厳しいから、ファンを取られるかもと思って、なかなか“ほかのバンドのライヴに行ってね”とは言いにくいと思うんですよ。でも、ファンってひとつのバンドを応援するだけじゃなくて、バンドAとバンドBの関係性みたいなものを応援したりするでしょ。LUNA SEAだってGLAYだって、もともとはXに引っ張り上げられて出てきたんだし、MUCCだってcali≠gariに引っ張ってもらったし、僕らだって最初はJILSに引っ張ってもらったわけで。シーンが長くなったから先輩後輩だけじゃなくなってるけど、そういう引力関係とか、輪みたいなものが広まらないといけないのかなって思う。それには、まずこっちがそういうことを言わないと始まらないと思うし、言わなくても周囲の人がやりたくなるものになっていかないといけない。そのためには、音楽とかライヴだけじゃなくて、発言とか行動とか、要は生き方みたいなものがステキだねって思わないと、この歳になったらそれをいいって言えないじゃないですか。だからそこを見せるしかないと思います」
●27日のWaiveのインストアイベントを、DEZERTの武道館に間に合うように時間を早くしたのもそういうことなんですね。
「そうです。僕はDEZERTのメンバーと面識はないけれど、彼らの武道館公演はシーン全体にとって大きな意味のあるものやと思うから、陰ながら応援したい。来年は、そういうことをバンドでやっていきたいし、それができれば、武道館がうまくいくかどうかはともかく、意味のあることをやったと思える気はすごくするんですよね。それが、前に話した、シーンを変えていくようなことにつながる可能性はあるのかな、そんな気はしてる」
●ある意味、それは抱負ですよね。そういうことが聞けてよかったです。
「Waiveでの活動が、ちゃんと響いていってるような感じがなんとなくしてきているんですよ。このプロジェクトの核にあるものが杉本なんだということを、わかってもらい始めてるかなと。逆に言うと、ほかの入口でWaiveを知った人にとっても、こいつ面白いと思ってもらえたり、もしくは嫌われたり、そういうことが明確になってきているんですね。これはいい傾向かな。自分の立ち位置が再構築されてきた感じがする。それが最新の状況かもしれないです」
●なかなか明るい締めくくりになりましたね。
「明るいんかどうか、わからんけど。腹をくくってきているというのは、あるかもしれないですね」